東京高等裁判所 昭和28年(う)3330号 判決
被告人 鄭仲鎔
〔抄 録〕
訴訟記録に徴すると、被告人は昭和二十七年六月七日横浜地方裁判所において詐欺被告事件につき懲役八月に処せられ、五年間右刑の執行を猶予する旨の判決の言渡を受けたところ、該判決の確定した後同年七月二十六日本件につき同裁判所に起訴され審判を受けるに至つた事実を認めることができる。この点に関し、所論は原審において本件判決の言渡があつた後施行された刑法等の一部を改正する法律(昭和二十八年八月十日、法律第百九十五号)を引用し、今や本件について被告人に対し情状により再度の執行猶予の言渡も法律上可能であると主張するが、右所論引用の法律は刑法第二十五条に新たに第二項を加え、刑の執行を猶予された者が右猶予期間中更に罪を犯した場合に再度の執行猶予を為し得る場合を規定したものであることは、右条項の明文に照し明らかなところであるから、本件について執行猶予を求めるにあたり右法律の施行されたことを立論の根拠とするは聊か見当違いであると謂わなければならない。しかしながら本件被告人の場合の如く数罪が前後して起訴され、前に起訴された罪につき刑の執行猶予が言渡されていた場合に後に起訴されたいわゆる余罪が同時に審判されていたならば、一括して執行猶予が言渡されたであろうときは、右後に起訴された罪につき更に執行猶予を言渡すことができることは既に最高裁判所判例の示すところである。よつて訴訟記録を調査し、本件について被告人に対し懲役刑の執行を猶予するのが相当であるかどうかを考えて見るに、被告人が本件につき起訴される前に執行猶予の確定判決を言渡された詐欺被告事件の概要は、被告人は第一、昭和二十六年十一月十七日頃横浜市戸塚区戸塚町四〇一八番地戸塚地区事務所において同所長中村慧証に対し群馬県吾妻郡嬬恋村長滝沢大治作成名義の伊藤友太郎外三十八名が同村三原より横浜市戸塚区戸塚町四丁目三四二四番地へ転出する旨の転出証明書五通を提出し、同人等が同所に転入した事実がないのに拘らず恰も真実転入した如く申欺き、同所長をしてその旨誤信させて伊藤友太郎外三十八名に対する消費世帯主要食糧購入通帳一通を交付させて騙取し、第二、昭和二十六年十一月十九日より昭和二十七年四月二日頃迄の間前後六回に亘り前記地区事務所に於て前記第一に依り不正入手した主要食糧購入通帳を恰も正当に交付され且同通帳記載の世帯人員が現存していないのに拘らず真実現住する如く装い同事務所係員に呈示し、その旨同係員を誤信させた結果同通帳記載の世帯人員等に対する外食券合計六千九百六食分を交付させて騙取し、第三、昭和二十六年十一月十七日頃より昭和二十七年四月六日頃迄の同前後十一回に亘り横浜市戸塚区戸塚町四〇〇七番地戸塚中部食糧販売企業組合二丁目営業所に於て前記第二記載の方法を以て同所係員を欺罔し、配給名下に精米合計五百四十一瓩八百瓦を交付させて騙取したものであるというにあつて、これを本件起訴事実中の詐欺罪と比較対照するに、右両者の詐欺罪はその態様を一にし、而かも右両者の詐欺行為が行われた時期も大体同期間であつたことが認められる。しかしながら本件の詐欺罪は確定判決の詐欺罪と異り、その詐欺の手段として利用した群馬県吾妻郡嬬恋村長滝沢大治作成名義の松本英太郎等に対する転出証明書は、転出証明書交付通知書と共に被告人が中村茂男なる者と共謀の上原審相被告人十文字登より賍物であることを知りながら原審相被告人近英夫の窃取に係る転出証明書用紙約六十枚を転出証明書交付通知書用紙六十枚と共に代金六千円で買受け以て賍物の故買を為した上右両種の用紙を使用し群馬県吾妻郡嬬恋村長滝沢大治と刻したゴム印及び群馬県吾妻郡嬬恋村長之印と刻した木印を各その要部に押捺して偽造した有印公文書であることは原判決が証拠によつて確定したところである。而して原審が本件について法令を適用するにあたり懲役刑につき結局最も重い右公文書たる偽造転出証明書行使罪の刑に併合罪の加重を施した刑期範囲内で刑の量定をしているのに対し、前記確定判決においては数個の同種詐欺罪のうちの犯情の重い詐欺罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で刑の量定をしていることが窺われ、而かも偽造公文書行使罪と詐欺罪につきその法定刑を比較するに、前者は後者に比し短期、長期共に著しく重いばかりでなく、記録に現われた本件犯罪の罪質、態様その他諸般の情状を参酌考慮するときは、たとえ本件被告事件が曩に執行猶予の言渡を受けた詐欺罪と同時に審判されていたとしても一括して執行猶予が言渡されたであろうとは到底考えることができない。即ち原審が本件につき懲役三年及び罰金五千円の求刑に対し被告人を懲役一年の実刑及び罰金五千円に処する旨判決の言渡をしたのは、要するに所論に特筆している被告人に有利な諸々の事情等も充分斟酌しての量刑であつて、洵に相当と考えられるので、原審が本件につき懲役刑の執行を猶予する旨の言渡をしなかつたからというて、たやすくその刑の量定重きにすぎる失当の廉ありと断ずることはできない。論旨は理由がない。